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新たな年に

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随分長い間「たんこぶ」から遠ざかっている内に新しい年が始まってしまいました。
1年中で最も寒い大寒の今は、日本の北国、特に北海道では42年ぶりの豪雪に悩まされているとニュースで取り上げられていました。

私自身は九州の西の端、長崎出身ですから雪とはあまり縁が無いように思うのですが、小さい頃の思い出の中に雪の記憶がしっかりと残っています。雪だ、雪だと喜んでいる内に消えてしまうような淡雪が多かったのですが、時折降りつもるどか雪 たまに降る雪が珍しくて子ども達はおおはしゃぎ、寒いことなんてなんのそので外に飛び出して行き雪と戯れました。
雪合戦や雪だるま作りは勿論のこと、お盆の上に雪ウサギを作って好きな場所に飾りました。真っ白なうさぎの目には南天の赤い実、可愛いさと溶けていくはかなさを子どもの目でじっと眺めていたのを思い出します。
私のお気に入りは雪釣りという遊びでした。長さが5センチ程の小枝の真ん中に長い紐をつけます。小枝には予め雪をボールのようにくっつけておきます。紐を持ち雪の上にポトンと落とすと小枝の雪のボールが新しい雪をくっつけて次第に大きくなっていきます。たくさん雪を釣って太らせていくだけの単純な遊びは、年齢や身体の大きさより以上に力を発揮するものがありました。他の人より早く大きくしようと焦ったり欲張りすぎるとつぎの瞬間にドサッと落ちて元の黙阿弥年下で小さかった私でもふっふっふっとほくそ笑むことが出来るのです。
釣るための技もくっつきやすい雪を見分ける目も必要ですが、慎重にじっくり取り組む、つまり性格が物言うこともあるわけです。誰が1番多く雪を釣れるかの競い合いは、時に弱者の味方をしてくれるものですから楽しくてたまりません。思い返せば当時の子どもたちはみんな鼻水を垂らし手足はアカギレや霜焼けで真っ赤でした。そうそう思い出しました。真っ白な雪をお皿にとって砂糖をかけて食べたこともありましたっけ…。それが本当に美味しかった汚いからやめなさいと親から叱られた記憶はありませんので親の目を盗んでやっていたのだろうと思います。真っ白な雪は美味しそうで、それでなくても大きな口を開けて降る雪を口で受け止めたり新雪を手で掬って口に入れていましたので、年長の誰かが思い付いて始めたのではないでしょうか。おやつが十分になかった時代ですから火燵に潜りながら食べた甘い雪はアイスクリームに負けない美味しさだったのだろうと思います。

寒さなんてそっちのけで遊んだ雪遊びですが、普段は、寒い寒いと言って火鉢の側から離れなかったり火燵に潜り込んで怠惰になってしまいます。すると「冬は寒いに決まっている」と親に叱られました。現在のように住環境が整っていない時代ですので暖をとるのはもっぱら火鉢や火燵です。1番暖かい場所、つまり真ん中の炭火の真上に手をかざしたり足をもっていこうものなら、兄弟の誰かから「退けっ」とばかりにパシッとやられてしまいます。でも火鉢をみんなで囲んでお餅を焼いたり、カルメ焼きを作ったり、火鉢に手をかざして「どのお煎餅が焼けたかな…」と、けらけらと笑い合う手遊びが家族の絆を強めるのでした。火燵に潜り込んでジャレあって遊んだ思い出や隙間だらけの古い木造の家に木枯らしが吹きこんできたり…、本当に寒かったものです。母が縫ってくれた綿入れ半纏の下に何枚も何枚も重ね着してダルマさんのようになりながら冬を過ごした思い出が何十年経った今でも鮮明に甦ってきます。なんて心がほっこりと温かくなる思い出なのでしょう。それに自然の冬といったら筆舌に尽くし難い美しさでした。

何センチも土をもたげてしまう霜柱や水溜まりに張った氷は、サクサク・パリパリッという音と足の裏の感触が一緒になって一気に甦ってきますし、目を輝かせて見入った霧氷の綺麗さたるや見た者でないと共感出来ない世界かも知れません。自然が創り出す現象、霜柱や氷やつららもさることながら、朝日や夕日にキラキラと輝く霧氷はまるで樹木に自然のイルミネーションを飾ったかのようでした。子ども心ながら「なんて綺麗なんだろう」と感嘆したことを思い出します。寒い冬ならではの様々な出会いは、何十年の時間の流れの中でもセピア色に変色せず鮮やかな映像を甦らせてくれました。

若い頃のことです。旅先のハワイで「ハワイは常夏で羨ましい」と現地に住む方に言ったことがありました。するとその方から「日本には四季があって羨やましい」という返事が返ってきました。
本当です。四季は私たちにたくさんの潤いをもたらしてくれます。その季節ならではの恵をもたらしてくれます。生活にメリハリをもたらしてくれます。今回は記憶の紐を冬にしぼってひもときましたが、春には春の、夏には夏の、秋には秋の色鮮やかな思い出があるのです。  
昨年の3月11日、この美しい日本を想像を絶する自然災害が襲いました。それ以上に脅威をもたらしたのは人的災害!
これから何十年に及ぶか解らない見えない敵との闘いを、私たち大人は子ども達に残してしまいました。子ども達が人生の晩年になって自分の小さい頃を思い出した時、甦って来る映像はガレキの山と化した故郷の姿でしょうか、災害の際に受けた恐怖でしょうか、この映像を美しいものに変えてあげられるのは誰なのでしょうか。現在の大人がしてしまったことは何とか現在の大人達の手で解決したいものですが、誰がどんな風にしたらいいのでしょうか。また、私には何が出来るのでしょうか。難題が山積していますが一刻も早い取り組みが必要であることは変えようのない事実です。一日でも早く…!


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プロフィール

popo

Author:popo
●笹井鳩子profile

 中央林間にある大和田園幼稚園に6年、横浜鶴見の橘幼稚園に34年勤務。(内28年を園長として、2年を顧問として務める。)
長い間幼児教育の道を歩む中で、シュタイナーの人間学に出合い教育観を深める。
また、経験を通して「人は人の中で人となる」を実感する。
退職後、「自らの手で作る喜びを味わう」・「人が出会い絆を結ぶ」、この二つを実現すべく、創造と交流の場として『創造空間Lula & Popo』を開設。

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