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こどものつぶやき -後編-

こどものつぶやきの続きを…と思いつつ、なかなか気持ちが向かいませんでした。というのも、最初は面白い、楽しいと 思いながら読んでいた言葉だったのですが、無邪気に発する言葉の中には、「えっ?これって幼児の言葉?」とドキッとするものがあったのです。
大人同士の会話なら何ということもないのですが、既に幼児の世界にまで入り込んでいる大人の感覚に、今の時代のカオスを感じてしまいました。
幼児はまるごと感覚器官として外の世界と出合っているといいますが、すごい超能力で大人の言動をまねしながら、その意味さえキャッチして使いこなします。そこには善し悪しの区別は存在せず、自分を取りまく全てに愛と信頼をもって対峙し、吸収しているのだろうと思います。大人の世界がよいことだらけならいいのですが、多分不安や不満、猜疑心や損得に満ち、そんな渦の中にこども達は巻き込まれているのではないでしょうか。
こどもの心は純粋ですから、そのありのままを受け入れ、様々な形で表出しています。

こどものつぶやきの続きを記します。幸い、このつぶやきからは、愛情を受けて育つこどもの姿が浮かんできますので、最初は大いに笑って、その次には、ことばの奥に横たわっている大人の姿を思い浮かべてみましょう。
「私、まねされても大丈夫かな?」…と。

=つぶやき05年版=
○その1
せんせい「みんな おもしろい顔をしてみようよ」
こどもA 「おかあさんのかお…がみがみがみ」
こどもB 「おとうさんのかお…よっぱらいよっぱらいよっぱらい」
       と言いながら面白い顔をしていた。

○その2
3歳のAちゃん
 こども 「ママの あんよとまゆげが すきなの」
せんせい「どうして?」
 こども 「だって パリパリだから」

○その3
紙に書いたお金でお買い物ごっこをして遊んでいたMちゃん
こども「ねえ、せんせい わたしってお金いっぱいもってるんだよ…
・ ・ ・
じつは…」

○その4
ままごとの遊びのおみせやごっこ
Tくん「イスは いりませんかー」
     と おへやのイスを売り出した
イスを買ったH君
  「せんせい きょうイスもってかえっていい?」
せんせい「あら ごめんなさい、それはようちえんのだから だめなのよ」

=つぶやき06年版=
○その1
 こども 「わたしね、からだも あしも かおも じぶんであらっちゃった」
せんせい「すごいね」
 こども 「大人になる れんしゅうなんだ」

○その2
連日の雨のあと やっと晴れたある日
Aちゃん「きょう はれているのは てるてるぼうずの おかげよね」
Bちゃん「かみさまが あめよとまれって いったんだよね」

○その3
 こども 「せんせい おれね Mちゃんのこと すきですきで すきですきで たまらないんだよ」
せんせい「あら そう それでMちゃんのきもちは どうなの?」
 こども 「あいしてるっていってくれたよ でもね なやんじゃうんだよなー」
せんせい「どうして?」
 こども 「だって すきだけど あいしてるかっていうと わからないんだよ」
せんせい「すきとあいしてるは ちがうの?」
 こども 「それが ちょっとちがうんだよなー」
せんせい「ふーん そうなんだ」

○その4
こども「Kのあし 2つじゃなくて 3つになりたい」
 母 「3つって なんで?」
こども「トラみたいにして あるきたいから」
 兄 「じゃあ 4つじゃん」
こども「そうかー あしが4つで あしがはやくなりたい
それで あしがながーくて それで めも トラみたいによくみえるほうがいい つよいから…」

=つぶやき07年版=
●その1
巨大ぐも発見
Aちゃん「へやじゅう くものすだらけになったら どうする?」
Bちゃん「そしたら くものすのうえで おべんとうたべようよ!」

●その2
遠足前日の大雨、晴れているのに雨が降っているのをみて
Aちゃん 「なんで あめ ふってるのかなぁー?」
Bちゃん 「わかった! ちきゅうが あせかいてるんだよ」
せんせい「…なんで?」
Bちゃん 「だって がんばって あしたはれにしようとしてるから」

●その3
てるてる坊主を作っているとき
 こども 「てるてるぼうず つるして~」
せんせい「はい、どこにつるす?」
 こども 「そらに いちばん ちかいとこ!」

●その4
こども「わたしね、せんせいだいすき!
だって いつも うれしいかおしているんだもん」

●その5お弁当の時間に
こども「ぼく おかあさんのつくるごはんが いちばんすきなんだ。
おかあさんんが ぜんぶたべてねって いったから ぼく ぜーんぶたべたよ」

=つぶやき08年版=
●その1
小枝にかかっている蜘蛛の巣を見つけて
こども「せんせい みて! かんらんしゃみたいだね」

●その2
毎日、登園してからずっと泣き続けていたAちゃん
朝の集まりでみんなの手遊びを見ていて
Aちゃん「あれ? なみだがとまった!」と目の下に手をやる

●その3
かいこの赤ちゃんが幼稚園にきた
こども「これ しらす?」

●その4
男の先生が一人の男の子に
せんせい「おまえは おんなのこにやさしいな」と言うと
              ・ ・ ・ ・  
 こども 「うん おれ いけるこにはやさしいんだ」
せんせい「???」

●その5
空を見上げて
こども「くもがうごいているよ かいじゅうみたいだね」

                         
(c) .foto project


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子どものつぶやき

幼稚園を離れて数年が経ちましたので、手付かずのままだった過去のデーターを消去しようと愛用のワープロに向かいました。
不必要な記録をバンバン整理していたのですが、中から「これは消せない」というものが出てきました。
それは「子どものつぶやき」の記録です。

ファンタジーと現実の世界に彩られた子ども時代、その独自な世界で遊びながら紡ぎだす言葉は楽しく、何のてらいもない真っすぐな心が読み取れます。
この子たちは今頃どうしているだろう…と思いを馳せても個々の顔が浮かんでくるわけではありません。何しろ作者不明なのですから。
2004年から数年の記録ですから、多分中・高生位になっていることでしょう。それに本人も自分がつぶやいた等とは思いも寄らぬはず、このつぶやきと我が子の姿を重ねながら楽しんでいただくのがいいかも知れません。

つぶやき04年版
その1
こども「ママがパパのことおこったの、オレないちゃった」
    「ママとパパがチューした、オレわらうきもちになっちゃった」

その2
“おいしいおかゆ”の素話を聞いた翌日
こども  「せんせい、きのうのトウフのはなし おもしろかったよ」
せんせい「トウフ…? ああ、おかゆのはなしのこと?」
こども  「あ、そうだ おかゆだった おもしろかったよ」

その3
 お弁当の時間、おにぎりを食べながら
こども「おにぎりがおやまぐらいおおきかったら みんなでたべられるのにねぇ」

その4
せんせい「台風って何かわかる?」
こどもA 「あめとかぜがつよくなるの」
    B 「あのね がっこうのグランドであめとかぜがたたかうんだよ」

その5
石鹸で手を洗っているときの出来事 、石鹸がピュツピュツと手からすべるのを見て
こども「なんか このなかに おさかなさんがいるみたい」

その6
兄弟の話しをしていた
Aちゃん 「Aのいえはおねえちゃんがいるんだよ」
Bくん  「ぼくんちは にいちゃんとおとうと」
Cくん  「Cくんちはねぇ ポッキーちゃんとタマゴちゃんがいるんだよ」
せんせい「えっ?」
Cくん  「Cくんのぬいぐるみ!」

その7
蚕の飼育箱をのぞきながら
こども 「あなたは どんなところからきたの?」
 蚕  「……」
こども 「あなたは おとこのこ?おんなのこ?」
 蚕  「……」

その8
こどもA 「せんせい わたしね みかんのたねうえたんだよ」
こどもB 「わたしもかきのたねうえたよ でもね おかあさんが かきはならないっていうの」
せんせい「えっ どうして?」
 あとでお母さんに聞いたらお菓子の柿の種だったそうです。それは無理ですよね。

長くなるのでこの続きは後日のお楽しみにします。

道草

4月末のことです。
私が所属する「オイリュトミーアンサンブル野のばら」は宮城県の多賀城市へとグループ初の出張公演に出かけました。
迎えるための準備など大変なことがあったと思いますが、スタッフの皆様からは心のこもった温かいもてなしを受け、公演当日は小さいお子さんから大人の方まで、本当に沢山の方々に見に来ていただき感謝いっぱいの楽しい舞台となりました。

ところで多賀城ってすごいところですね。日本最古の名所旧跡が顕在しているところで、地域全体が「史都」としての重要な役割を担っているようです。
メンバーの中の3人はそんな多賀城に足を留め神社巡りをすることにしました。そこで…筆舌に尽くし難いすばらしい体験をしたのですが…ここでは多賀城の別の顔を記します。

あんな気分を味わったのは本当に久しぶりです。のどかで美しい日本の原風景との出合いとでも言ったらいいでしょうか、柔らかい芽吹きの木々が色とりどりに淡い色彩を放ち、桜や桃もそこに溶けこんで優しさを強調しながら辺り一面を包みこんでいます。家々の庭先には春を彩る花々が咲き誇り、まさに百花繚乱!

ワクワク気分で歩き続けると道は次第に山里へと入っていきます。
畦道に咲く野の花を指差しながら、これはホトケノザ、これはカラスノエンドウと名前をいいながらの楽しい道歩きです。すると一面たんぽぽに被われた原っぱがあっちにもこっちにも…、まんまるの白い綿毛が風に揺れています。
まるで絵本の「しろいうさぎくろいうさぎ」の絵の中に入りこんだようでした。のんびりゆったりの野道歩きは幼い日々を甦らせます。スズメノテッポウは笛になるのよ、ヤマブキの枝で「ヤマブキデッポウ」を作って遊んだのよ。これはスイバ、噛んでも大丈夫酸っぱいでしょう?など、いちいち足を止めながらの道草三昧です。こんなところで子どもたちを遊ばせたいなーと幼稚園現役時代の気持ちも甦ってきました。
林道に入るとスミレの色が濃くなり、野生のミツバに出合い、木漏れ日の中でゼンマイが渦巻き葉を広げています。
そして、白い茎を伸ばした蛇模様、まだ葉も花も出ていないけどこれは多分マムシグサよ、との私の言葉に「へぇ?」としゃがみこんで見入る二人を後にして進むと、
   「あっ、咲いてる!」。
私の声を聞き付けて駆け付け覗き込んだ第一声は「ギャッ」、次に「マムシだ」、更に「気持ち悪い」の3連発。
確かに黒紫色の花はマムシが鎌首をもたげたように見えます。でもなかなか出合えない花なので私の心は嬉しさいっぱいでした。

多賀城で至福の時を過ごした私は、心の中に沸々と沸き起こるものを感じていました。豊かさってこんなことかも知れないと。幼少期の大半を自然の中でまどろんで過ごした私ですが、もしかしたら知らず知らずの内にすばらしい宝物、自然の恩恵を受けて育っていたのではないだろうか…、すっかり忘れていたけれど、眠りこんだままにしていたけれど、誰かとこんな話がしたい、子どもたちとこんな豊かな時間を分かち合いたい。
目を留めないだけ、しゃがみ込んで見つめないだけ、踏ん付けて通り過ぎてるだけ、意識すればまだまだ残っている宝物を持ち寄って、豊かさへ一歩近づきたい。そんな思いが湧いています。

最近模様替えをして店舗内にくつろぎ空間を作りました。
座ってお茶を飲んだりおしゃべりしたり…。絵本なども並べようと思っています。
そこを集いの場所にしたいと思っています。自由で楽しい、でも意味のあるおしゃべり「道草談義」を夜の談話室でしませんか?
参加費1コイン(茶菓代)500円、集いの望みは「子どもたちの未来のために一歩を踏み出す大人の集い」。
みなさん、金曜日の夜あたりはいかがでしょう…?

ようこそ私のところへ

 新年の幕開けから既に一週間余が過ぎてしまいました。
午年の今年は余裕を持って時の流れの中を颯爽と翔けていきたいと思っているのですが、どうも後から時間の騎手を乗せた馬が容赦なく追い上げ追い抜いていきそうで、多分いつものように「時よ止まれ、時間よ急ぐな」と叫びながらハアハア息切れ状態で日々を過ごすのではないかと、スタート地点で早くも取り越し苦労をしています。

そんな時にタイミングよくドイツのデュッセルドルフからHappyNewYearのカードが届きました。可愛いオーナメントのプレゼントと写真付きの本当にハッピーな便りです。
贈り主は幼稚園時代の仲間、ゆうこ先生。彼女は結婚と同時に米国人のご主人の勤務地であるドイツに移住し、異国の地では元来の好奇心とパワフルさで生活を満喫していたのですが、そろそろ赤ちゃんが欲しいなと漏らしていたのです。
そんな彼女の願いを空の上から見ていた一人の赤ちゃんが「私のお母さんはあなたよ」とばかりにお腹に宿りました。もう既に相思相愛なのです。

ゆうこさんが送ってくれた写真とうりふたつのお人形(ウィローツリー)がありました。
お母さんはお腹の赤ちゃんに言います。「私の大事な宝もの、ようこそ私のところへ」と慈しむその姿、その姿を更に慈しむかのように見守り寄り添う夫、まるで時の精の抱擁を受けているかのように安らぎに満ちた情景です。

このカードプレゼントは、冒頭の私の気苦労を払拭してくれました。
赤ちゃんはお母さんを選んでこの世に生まれてくると産婦人科医の池川明先生はおっしゃっていますが、まさに今月から始まるルラポポの学び舎「くるるん」での第1回目に、誕生の不思議を取り上げることにしています。我が子との出会い、そこから始まる子育てのいろいろを、学びとトーキングで紐解いていきたいと思っています。
話し合いの場に小さいお子さんがいたら、尚、盛り上がることでしょう。なんせすぐ身近なところにモデルがいるんですものね。絵本を見たりおもちゃで遊んだり絵を描いたり羊毛を触ったりしてくれることでしょう。そんな姿を見ながら話し合えるなんてラッキーですよね。
お子さんにとっても楽しい場所になるといいなと思っています。
ご一緒に子育て心を共有しませんか?

                      EB26252.jpg


旅先での恋

人生のいろいろな場面に立ちのぼる旅先での思い出…。
旅好きの私は、ある時期は夕日を追っかけてひたすら岬巡りをしたこともありました。旅の醍醐味は胸ときめかせるほどの出会いがあることでしょうか。今の仕事はそんな旅先での出会いが引き金になっています。
店頭の片隅で埃を被っている雑貨に目がとまり、ピピッとくると、私を待っていてくれてありがとうとなるのです。人の手で生み出された物たちは人を待っているのです。

もう十年以上も前になりますが、北ドイツでの出会いだったと思います。
私は雑貨店の棚に並んでいた人形に恋をしました。
なんて優しい表情をしているんだろう、なんてあたたかいんだろう…。
木彫かな?と一瞬思ったのですが、ずっしりとした重さと価格からすぐにそうではないと分かりました。
顔には何も描かれていません。衣服にも余計な装飾がなく色彩もほんの少し色付けされているだけのとてもシンプルなものです。なのになんて豊かなのでしょう。人形の一つひとつから、幸福や喜び、慈愛や包容、愛や絆、希望や平安などが内奥から溢れでてきます。
私が日本に連れ帰った人形は、両手でそっと小鳥を抱き、顔をほんの少し傾けてその小鳥を静かに見つめる天使像でした。なんともいえない慈愛に満ちた表情に胸が熱くなり、一瞬にして恋に落ちてしまったのです。雑貨店を開こうと決めた時この人形を日本で探しましたが出会えず、3年以上経った今ようやく再会して店頭の棚に並べることができました。
                     EB26020.jpg

作家はアメリカ在住の女性の方です。人形誕生の工程は、始めは平面にデッサンし、それを粘土で立体にして仕草や表情を付けていくそうです。
ウィローツリーと銘打っていますので、柳の木を彫刻して原型を創っているのかと連想しますが、そうではなく、人形達が醸し出す雰囲気の総称として名付けられたようです。店の棚に並んでいる人形は原型から象った樹脂製でできています。

目鼻のない人形といえばシュタイナー幼稚園での人形を思い出します。人形に目鼻がなく、あったとしてもほんのお印し程度…、なのに子供達は自らのイマジネーションで人形を笑わせたり泣かせたり、威厳を持たせたりしてファンタジーの世界で自由気ままに遊ぶのです。人形に目鼻がつき完成されたものであればあるほど、子供達の想像力は駆使されず固まってしまうでしょう。

シンプルな中に無限の可能性が潜んでいて、そこに豊かな表情を描くのは、人形と出会い対話する私自身の心なのかも知れません。作者の深い人間愛がそのままウィローツリーとして形作られているのを感じます。



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プロフィール

popo

Author:popo
●笹井鳩子profile

 中央林間にある大和田園幼稚園に6年、横浜鶴見の橘幼稚園に34年勤務。(内28年を園長として、2年を顧問として務める。)
長い間幼児教育の道を歩む中で、シュタイナーの人間学に出合い教育観を深める。
また、経験を通して「人は人の中で人となる」を実感する。
退職後、「自らの手で作る喜びを味わう」・「人が出会い絆を結ぶ」、この二つを実現すべく、創造と交流の場として『創造空間Lula & Popo』を開設。

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